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長沢 和俊 118件表示
河口 慧海
1866(慶応2)年1月、大阪府堺生まれ。仏教学者、探検家。23歳で上京し、井上円了の哲学館(東洋大学の前身)で、哲学・宗教を学ぶ。サンスクリット語とチベット語の仏教原典入手のため、チベット行きを決心する。1945年2月4日逝去(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
河口 慧海
1866(慶応2)年1月、大阪府堺生まれ。仏教学者、探検家。23歳で上京し、井上円了の哲学館(東洋大学の前身)で、哲学・宗教を学ぶ。サンスクリット語とチベット語の仏教原典入手のため、チベット行きを決心する。1945年2月4日逝去(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
中国南部から、東南アジア、インド、西アジア沿岸を経て地中海に到る南海航路は、インダス文明の頃より連綿と継続してきた貿易路であり、決して、陸路の補助的な存在ではなかった。南海産の香料や大量の陶磁の輸送は、船舶によってこそ可能であり、またオアシス路も、海を渡って初めてアテネやローマと結ばれたのである。本書は、20年に及ぶ現地調査をもとに、東西交流の接点を海上交易の視点から見直そうとするものである。
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